ミクソロジーサロン GINZA SIX

 面白いですねココ。久々いい経験が出来たと思いました。

13階をぐるりと歩いてみるとここだけ別格というか異質な造り。それはカウンター6席に2人がけのテーブル席が1つあるだけの狭さと眺めのない点。

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レストラン街は6階だったと見ていたので、ここ13階のは丸ビルと同じ方式を採用してるんだろうなということはすぐわかりました(現時点でも階層低く屋上庭園の1階下という環境のためあちらほどはっきりとした棲み分けはできてないようですが)。

 だけにすごい浮いている感じがします。その端から端まで視界に収まってしまう狭さに。

食後の小休止で何か冷たいものでも飲みたいなと休めるところを探していて、最初はバーっぽい外見のこちらは素通りしてCAFEと書いてあった店に入ろうかと考えたんですがコーヒーだけっぽくて止め。

 こっていそうだからノンアルコールなくてもなしで作ってもらえないかな・・・

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とメニューを見に近寄ってみました。

店先にいた男性(店員)の説明によると、お茶を使ったカクテを出す店とのこと。

ノンアルコールも5種かな?あって、そのうち一つに台湾烏龍茶を使っているものがあったので

 「自分の好きな銘柄のお茶が手を加えられていったいどんな味に仕上がってるのか」

安っぽいフレーバーティーしか知りませんし、この場所の13階にこんな店を出すんだからそれなりに自信のあるものが出てくるんだろうな、と興味が涌いたとこに

 「いかがですが?今なら空いておりますし

と絶妙な間の声かけに背中押されましたね(笑。

微笑みの国と言われるタイではよく出くわすことですが、ぶっきらぼうで無愛想な蕎麦を食べた後だけに余計、蕎麦屋の口コミに「その空気が疲れる」と書いていた人が居ましたが、その真逆、ちょっとした表情や声の調子で癒されるもんです。

店先に彼が居らず、声をかけられることもなかったら入ってなかったと思いますから。

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 狭いだけにお互い見通しがよくて入りづらさはありますね(苦笑。

外から見てると(この時はHPなどで見られる2枚の扉は開けっ放し)あまり落ち着けなさそうに見えていましたが、座ってみれば後ろは全く気になりませんで、居心地は見た目以上にイイ。

台北の球屋で何も言わず言われずスっと出される茶の雰囲気もいいですが、ここまでシックに(本来はお酒なんでしょうが)お茶を飲むというのもまたいいもんですね、こういう丁寧な仕事で出される飲み物だとまた違ったありがたみがあって。

お茶を一杯、ノドが乾いていれば一息で飲み干せてしまう量で1000円を超えていますから、学生だったら間違いなく高いですけど、価値ある価格。

 選んだのは店先で見ていた白ぶどうと梨山烏龍茶のもの。

他のにも目は通しましたが、小手調べ的な意味でもよく知っている烏龍茶が基で、色んなものを使っていない2種のみの単純な構成というのは誤魔化しが効かなそうで良いと思いました。

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 とりあえず白ぶどうの味がするので味わいやすい美味さがある。

 おぉ・・・こうなるんだ・・・。

「家でもやってみよう!」と白ぶどうジュースを買って帰ろうとか、これからは毎回こうやって飲もうというような感じではなく「興味深い」というのが一番しっくりくるおもしろい。

混ぜて飲んでることによる、どちらか片方ずつ飲んでいたのでは味わえない風味が飲み込んだ直後かすかにある。

 他のもためしてみようと思いましたが、梨山烏龍茶で得たいい余韻を上書きしたくなかったのと屋上から降りて来てまだ下を見ていないのもあって、また来る楽しみとして持ち越しました。

 

 お酒が強ければ色々何杯も試せて楽しいでしょうね。

お酒かお茶、どちらか好きな人ならば一人でも楽しめると思います。

 お茶を中心にアルコールとの組み合わせというのは年配層に寄せてる感じがしますが、銀座という土地の比較的高めの年齢層相手でも、単価の高い13階で眺めなし、というのはやたら前衛的っつーか、だーいぶ攻めたよなという感じ。

良いかどうかは人それぞれでしょうけど、こういう新しい切り口、飲み方、楽しみ方があるんだなーって知れたのは喜びっていうか、感動よりも感謝の割合がデカイ。お茶好きとして楽しい時間を過ごせました。

 

 店先でメニューを見たら「これどんな味になってるんだろ?」って試してみたくなりませんか?

湯津上屋 新富町

 狭い路地で知る人ぞ知る、みたいな感じでやってる店はすごい好きです。

茅場町のみかわを思い出させる狭い裏路地でしたが、もはやスマートフォンのおかげで「近くまで来ているはずだけどどこにあるのかわからない」ということはありえなく、インターネット+スマートフォンのおかげでそういう隠れ家的な店はほとんどなくなったでしょう。

 

 こだわってやってる店が多く見受けられる業界の一つが蕎麦屋だと思います。

ラーメン屋よりも求道心というか、金儲けに走らず自分の理想を追い求めているだけ、「より多くの人に食べてもらいたい」というわけではなく「わかる人だけが食べてわかってくれりゃいい」的な、ただ頑固ではなく、難しい人がやってるという印象がある。

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 ここもそんなめんどくさそうな(失礼)雰囲気が漂っていた。

 こだわってやってるところはすごいいいと思います。

寡黙だろうが無口だろうがそんなこともどうでもいい。

蕎麦打つ店主がおしゃべりだったらうまい蕎麦になるのなら別ですが、そんなことはないから。

時間かかるのも気にしません。

そうと言って(書いて)もらえてれば心構えは出来ますから待てますし、それだけ自分に出されるものを集中して作ってくれてるんだと思えばそれは喜びでしかないですし。

 玉子焼と、すだちそばは昨日食べたので鴨汁にしました。

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 先に出された玉子焼きの丁寧そうな仕事を見てもそこは納得。

自分は比較的耐性あるんでしょう。こういう「全ては美味しいものを出すため」と割り切れて、実際おいしいものさえ食べられたらある程度のことは我慢できるというか(笑。

 並び始めてから蕎麦が出てくるまで1時間半。待つこと店外で45分、店内で45分。

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 フツーにおいしくいただきましたし、すだちそばは前日食べた山茂登より900円(税込み)と安く、待った時間も含めてアトラクション的な満足度もそれなりにあったと思います。

 蕎麦の香りはほとんどしなく、食べやすい蕎麦という感想。

たぶんそばとつゆのバランスがいいんでしょうね。そういう時にこの感想になる気がします。鴨肉が美味かったです。最近マズイ鴨肉の店があったのでそれは際立ちました。ですが

そんな待ってまで食べて感動させられるものではありません。

 また行くかと問われれば、また行くと思います。冷かけすだちやとろろ、のりかけを食べに。(とろろを食べましたが、ここの蕎麦とは相性よくないという感想です)

ただ待ってまでは食べません。待つくらいならそれこそ近くのエドグランの山茂登に行きます。っていう「そこじゃなきゃダメ」っていう水準のものではなく、こだわっていそうなんだからこれくらいのモンは出してくるだろっていうフツーのうまさなので。

 蕎麦のことは詳しく知らない食べることだけが専門分野の素人ですから、大変難しい技術で素晴らしい水準の蕎麦を打ってるのかも知れません。ですがそんなの素人には伝わりません。

 仮にそうだとしてそう説明を受けても、うまくなかったら「はぁ?(だから何)」で終わりでしょそんなの。

 薀蓄が好きな人はそういう背景とかから味わえるのかも知れませんけど、自分にはない感性。

 

 と、こういう感想になってしまっているのには大きな訳があります。

時折その時までの感想とは別に、それに影響してくるほどの考えさせられる事象が発生することがあるんですが、蕎麦が売切れてしまった後それが起きました。

 暖簾は中に仕舞われていたんですが、それに気づかず入って来て席に座り待とうとした客に向かい

 「・・・暖簾・・・出てなかったですよね・・・?」

 自分に向かって言われた言葉じゃありませんが、どこかからはるばる(デカめのスーツケースから)ここの蕎麦を楽しみにやって来た客に向かって言う言葉じゃない・・・・・・・・・・・・・・・・

 言われた客の気持ちを考えたら「もっと他に言い方あるだろ・・・」って、その場に居合わせただけなのに気持ちが萎えさせられました。

 もし仮に自分がそう言われてたらと想像すれば悲しくなりませんか?

 その人がもう日本には戻ってこないつもりで最後に選んだ食事だとしたら?

 その人が久しぶりの帰国でわざわざ東京へ寄って食べに来ていたら?

 外国の方ではありませんでしたが、ネットで自分のイメージ通りの店で本当の日本の蕎麦を味わってみたいと苦労してそこまで来ていたとしたら。

自分がもし海外で同様の目に合っていたら、その国の印象すら変わってると思います。

  • 外で待っていていつ店内に入っていいのかわからないのもいい
  • 前の客の食べたものがいつまでたっても片されないのもいい
  • 注文するのにどの間で声をかけていいのかわからないのもいい
  • 「ごちそうさま。会計お願いします。」と声をかけたのに返事がなくてもいい

 前日の山茂登の接客の良さとの違いっぷりに、「こういう感じでやっててもまかり通っちゃうんだから東京都心ってすごいな・・・」とひたすら呆れて驚いていたんですけれど、寡黙や無口なのと不親切なのって違うと思うんですよ。

上三つまではそういう様式の店だと、勝手がわからないので黙ってしたがっていましたが、蕎麦をすすっている最中に訪れたそのどれだけ遠くから来たのかもわからない客に向かって投げかけた言葉の無配慮っぷりに呆れさせられました。

「会計を」と声をかけた後どうしたらいいかわからないので、「お待ちください」までは無理だとしても聞こえてるのかすらわからないので「はい」という返事くらいはして欲しい。つかそれぐらいしろよっていう。

 これは人として。

店として客を迎え入れたのなら、その直前までに何があったとしても、最低限はして欲しい。

どーりで前日今から行ってもいいかと確認したくて電話したのにずーーーっと出ないわけだよ。

 

 以上これを読んでも行きたい人は行けばいいと思うし、少しでも嫌な思いをしたくはないっていう、こういうのが好みでない人は行かない方がいいと思います。

たぶん店主も自分の流儀に合わない人には食べて欲しくない。と思ってやっているんだと思います。

 暖簾もわからない野暮な客だと思ってなのかも知れませんし、自分も野暮い客だったのかもしれません。けれど気分悪くしていいことってないと思うんですよ、お互い。

 ホントフツーにウマイ蕎麦だったのが、本当に普通の蕎麦になりましたから。

実際ここよかおいしい蕎麦を打って出す店なんて信州行ったら飽きれるほどあるでしょうし(最近食べ歩いていてこの点には疑問を感じ始めました)、都心にだってあると思います。そして気持ちよく食べられる店は他にいくらでも在りますよ。

 

 追記 玉子焼きもフツー、運動会で食べるお母さんのお弁当の味す(否定的な意味ではありません)。

 香りの強弱についてよく書いてますが、そばの好き嫌いを判断してるのはのど越し感(食べた感じ)のみです。

蕎麦きり 京橋 山茂登 京橋エドグラン

 すだちそば。食べようとしても東京ですらどの店でもあるとは限らないため、たまたま寄った店の品書きにあるだけで喜べますし、店先にその旨書いてあればそれで入る理由になります。

 宿泊するホテルの近くにすだちそばを出す店があったのでそちらへ行こうと考えていたんですが閉店時間が20時。19時前で余裕ありましたが確認の電話をすると本日既に蕎麦切れ。

「さて・・・じゃ何を食べようかな・・・」と東京駅からホテルまでの道のりをテクテク。なにかいい店に出会わないものかと歩いていた途中なんとなく吸い寄せられた建物がエドグラン。

 あまりこういう商業ビルの低層階での飲食店(特に東京駅周辺)でいい思いをしたことがなく、時間がない時以外避けるようにしているのですが、「すだち」と書いてあるのを見つけて

 まぁこれは縁だな・・・

と入ってみました。

こういう家賃の高そうな商業ビルの2F~B1あたりにある飲食店って無駄に高そう(綺麗)に見える割りに、席間だとか居心地は単価に見合っていないファミレス以下で、出されてくるものやサービスもその程度の店レベルで余計高く感じさせられ、ガッカリさせられることばかり。

後は埼玉の大宮でこういう洒落乙な、蕎麦屋じゃない蕎麦押しな居酒屋で思いっきりハズしていたからでしょうね、嫌なイメージがついていたのは。

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 そんな感じで大変失礼なんですが、全くお店のことは知らず、真新しいビルの地下1階、今風で小奇麗な蕎麦屋という外見だけで判断してしまっていましたが、給仕の方の質が大変高い。

アラサーと見受けられる男性が2名が接客されていましたが、このお二人、どちらともとても気がつく感じの立ち振る舞いをされていて、名の通ったホテルの仕事のできるコンシェルジュを思い出したほどの気の配り具合。

 接客の態度というんでしょうか、声のかけられ方や、ちょっとした言葉遣い、その時の表情の違いかもしれないですが、店を出た後「あぁここで食事出来てヨカッタ。」ってとても良い気分になれてましたから。

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 1000円のすだち冷かけは大根おろしがある型で、おろしは松原庵の鬼おろした大根の方が味(バランス)も食感もいいなと思ってしまいましたけど、美味です。

 

 翌昼行った店がこことはまったく正反対の愛想のない接客をする店だったのもあって余計考えてしまいながら書きましたが、イヤな気分にさせられたらどんな美味しいものでも半減すると思うんですよ。逆にイイ気分にされたらちょっとマズイもんでも損したとまでは思わないと思うし。

 

 暑くて汗をかいた日のつゆは格別で、夏の暑い日のが合いますね。

 

2018年6月追記

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 再訪して鴨せいろを食べましたが、ちょっと汁の感じが自分の好みからはずれているためか、すだち冷かけを食べた時ほどの「合ってる」感じはしませんでした。