上尾 文楽東蔵

初めて前を通ったのが数年前。

たまに気分で行きだったり帰りだったりの一部分を下道使って店探しをするんですが、ちょうど埼玉の真ん中で小腹が空いてる事が多いわりには中々引き寄せられるほどの店には遭遇しない。

ここは初めて通った時からバッチリ「なんか雰囲気良さげな飲食店っぽいのがあった!」と(夜だったので)横目でもしっかり見えてたので、「お、今の店次通った時寄ろう」と考えていましたが、その後何回かは通ってるものの簡単に数年。

いきなり核心になりますが、本来書くほどまでの評価をした店ではありません。

マズかったというわけではないんですが、なんか評価が難しかった店(蕎麦)で。

蕎麦の細い見た目はすごい好みな感じ。

ただ気になったのは「角」が凄くて、それは画像でもはっきりわかりますよね?この見た印象のままのとにかく「堅い」蕎麦でなんかあんまおいしいと感じられない。

なんていうか麺状のものの中の何かしらの密度が濃いっていう感じで重量感のある硬さ。蘊蓄通じゃないんで蕎麦の伝統の中に「コシ」ってものが存在してたのか知りませんけど、噛み応えが堅けりゃイコールでコシって表現しちゃってたらなんか偉そうに味とか語れませんよね、「ただ堅い」ってのと「腰がある、強い」って感覚として違うもんは違う。

 アレ?コロった?と一瞬思ってしまったほど味がしなくて、汁に鴨の脂の甘さはなく(鴨肉は3切れ)しょっぱさが強い。

こりゃもう一度ここに来ることはしないかな・・・(周辺で良い店も知らないし)、と思ったのでせいろを追加することはせず、次回用にとしていたすだち蕎麦を注文。

こちらの汁は鰹節の香りが強く。蕎麦は蕎麦なのか(当たり前)小麦粉の味なのか(これがどちらかはっきりしないほどという感じです)ひたすら噛み応えがある麺?なせいでなんか粉っぽく感じる始末。

とにかくその独特な歯応えと粉っぽさのせいで生茹でのようにも感じた蕎麦は自分の今までの人生には存在しなかったもので理解出来ず、とても「おいしい」とは思えませんでした。という煮え切らない印象(感想)が残りました。

ぶっちゃけこのコロナ禍で鴨せいろは自分でも(乾麺ですが)作るようになって、その鴨肉以外ガチガチ市販品の鴨せいろの方がウマく感じるようじゃあダメっスよね税込みで2000円もするんだから、いくら好みであろうと。

雰囲気悪くはないし、別にマズイってわけじゃーないんですけど、なんかね。

原宿にあった松原庵銀座の真田だと同じような値段で満足して払ってるんですから、自分にとっては美味しいと感じる事が出来なかった蕎麦「以外の部分」でも差は感じてはいて、東京と埼玉近いですけど同じ値段でやるならはっきりと優っている部分を見せてもらえないと納得できないってことになったのかと思いました。

東京都心でやってるならこんなんでもいいと思うんですが、こういう「なんとなくそれっぽい雰囲気を醸し出して誤魔化す」ようなのってこと埼玉となると身構えてるというか、訝しんだ目線で入っているので余計粗が見えてしまっているのかなぁと。二代目が初代を超えてやっと並んだと評されるみたいな話ありますが、本物以上に本物でないと同じ評価には至らないのかもしれません。埼玉だろうと東京都心の一流店のそれに負けないその人目当てに行ってもいいくらいの気配り行き届いた気持ちのいいサービスする人居ますからね。

 

後々軽く地図を見たりしてると良さげな店はあったりするんですが、そこまでして行きたくないんですよねー埼玉の店って。予約なんかもしたくないし。

二度目に前を通った時にはUターンして行ってみたんですが、埼玉あるある?でラストオーダーが早く(確か21時)、別にゆっくり食事するつもりはなかったものの閉店時間に急かされるような状態は好きじゃないので諦めて。

まぁ単独で目的地として向かうとこじゃあありませんけれど、たかが蕎麦ごときでで3000円も払ってこの満足度の低さなら魚庄行って鰻食った方がはるかに良かったな・・・と後悔したのが正直な感想です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です