初日はあえて、いや強いてタノンカオサーンsoiランブトリーにある懐かしき我が定宿を目指しました(厳密に言うと違う通りでソイロンマイ)。
ここへ来るのが今回の旅行の目的の一つでした。
「当時の自分とどう変わったか」を感じるためには原器になる場所へ行かねば。
そんなことを考えた時浮かんだのがタイで、そしてここでした。
そんなに変わってませんねここは。ここに来るまでは若干ながらに変化を感じつつ歩いてきてたんですが(実際着いたのは写真の真昼間ではなく夜中の2時過ぎ)。
「変わらずあったw」
って感じでした。あるのは予約サイトで出てきたので知ってましたが、ホッとしたような感覚。
初めてカオサンロードに来た時は、通りに面したローカルコンビニ脇に入り口のあった「カオサンパレス」とかなんとかいうゲストハウスに泊まりました。
「窓のある部屋はない?」
と、窓なし部屋の空気に耐えられずそう言ってたと思います。
カオサン通りに面した部屋に替えてもらい、初めてのカオサン。窓から通りを眺めてたのを覚えてます。
そしてその1泊きりで他の宿へ(笑。
まーあとで思うとそれほどでもなかったと思うんですが、初体験の当時はうるさく感じたんでしょう。
その後条件(ホットシャワー、うるさくない、涼しい等々)を求めて彷徨い、放浪。
帰国前に再びカオサンに戻って来て屋台で飯喰ってると日本人の方が話しかけてきてくれたんですが(この人の「今までで一番良かった所どこですか?」と言う問いに対して答えが「パキスタンのフンザ」で、翌年行くことに)、その人が日本人宿と呼ばれるところを定宿にしていて、「安くてエアコンも涼しくてイイ」との言葉に帰国直前に物見遊山で”1泊だけ”泊まってみたことなんかもあります(合わなかった、苦笑)。
カオサンプライバシーイン?、今みたいになる前のD&D、JOゲストハウス?、マルコポーロホステル(ここはうるさかったがエアコンが(苦笑))などなど、通りの裏表あちこちに実際泊まりましたし、部屋を見せてもらって回った。
当時は朝の5時まで営業可だったのかな?4時くらいまではとにかくうるさくてw。
静けさというか、安眠求めてsoiランブトリーの宿へ流れて行くのは必然でした。
その後スクンヴィットの方とか、ナショナルスタジアム周辺の安宿にも泊まってみましたが、何かしら不便で(両替、食事、日用品購入、チケット手配等々)結局カオサン周辺が便利なんですよね。旅する拠点にしても、グダグダダラダラ過ごすにしても。
そして流れ流れて定宿となったのが、カオサン通りからは相当離れ、通りの一番奥に位置してるここサワッディースマイルインでした。
当時多分出来たばっかだったんですよね。
ソイの奥にあるため、通り抜けの出来るジムが夜になって閉めてしまうと思いっきり遠回りしないとならなくなるので不便なんですが、ここまで歩いてくる人がまず居なくてとても静かなことと、1Fにあるレストランの食事がとにかく美味かった(笑。
何を喰っても美味しくて、クラブハウスサンドイッチを覚えたのもここ。
たぶんイスラエル人あたりだと思うんですが、フライドポテト付きで食べやすそうだったのもありますが、実にうまそうに食っているのを見て真似して頼んでみたらまーウマかった。どこへいってもとりあえずクラブハウスサンドを頼むようになったのは、ここのが美味しかったからなんです。
前回、7年前に来た時もここへ泊ったんですが、
当時こんなとこ泊まってたんだな~・・・
っていう、ただただ懐かしさのようなものがあるのみで。 最初から「綺麗」とか「清潔感ある」とは思って滞在してないのですが、もうなんかダメでしたね。。。
その7年前にも薄く感じていたことなんですけど、どこか居心地悪くなってしまっていて。。。多分年齢による「浮き」だと思ってるんですが。
ひとまず色々する前の2泊くらいなら(カオサン泊)してもいいかな~、とここに来ましたが、一眠りして目が覚めたら移動の疲れは無くて気分はもう次の宿(部屋)。
目覚めがとても良く、通りの変化を堪能しようと両替がてらの散策に出て、朝飯を食べて戻ればもう昼前でチェックアウトタイム寸前。そのまま腰を落とさずチェックアウトしちゃいました。
2020年3月追記
ストリートビューを見ていたら閉業しちゃったみたいですね。。。